鬼神天武・序章 -鬼神転生-


 激しい雨の中、弓矢が降り注ぐ。足軽たちは泥にまみれ敵と戦っていた。
 討たれた兵士の鮮血が顔に飛び散る。逃げなければ、と立ち上がるが足が震えて自由に動けない。
 弓矢のひとつが足を貫いた。激しい痛みが走る。周囲は足軽たちの絶叫と断末魔に包まれている。
「ここはお逃げください! 我らが守ります!」
 部下の言葉に返事ができないほど、心が恐怖に支配されている。将たちが後退を試みるも声をかけてきた足軽は既に敵の槍を受け、絶命していた。
「ここまでか、無念……」
 敵兵の槍が胸を貫く。己の血しぶきが眼前に広がる。苦渋の思いのみが心に去来しながら、意識が遠のいていった。

 少女ははっとして眼を覚ました。ひたいに汗がにじんでいる。
 またあの夢だ。戦場で自分が殺される夢。
「かぐや、眼を覚ましたかい?」
 母の声が聞こえた。かぐやは返事をすると布団から出て着替えをした。
「今日もいい天気ですこと」
 かぐやは窓から差し込む陽の光をまぶしそうに浴びてから鏡の前に立った。腰まで伸びた髪を櫛でとかしながら自分の姿を見つめる。
 いつもと同じ自分だ。そっと胸に手を当てた。もちろん傷跡などない。しかしあの夢は妙に現実感があった。まるで実際に起きたことのように。
 私は女だ。殿でも兵士でもない。かぐやは自分にそう言い聞かせて朝の仕事にとりかかった。

 かぐやの家は反物屋を営んでいる。富裕層向けの呉服を仕入れ、手入れして販売する商いだ。時には士族や貴族からの依頼もあって金まわりはよかった。
 かぐや自身、装飾の凝った高級な呉服を着ている。街を歩けば多くの男が振り返るほどの美麗な顔をしていた。
 かぐやの父はこの仕事を30年続けている。反物の手入れも客への媚びも立派なものだ。
「父上」
 客とのやりとりを終えた父にかぐやは声をかけた。
「どうした、かぐや?」
「戦場とは、どんな場所でしょうか?」
 父は不思議そうな顔をしながら、
「まぁ簡単にいえば足軽や騎馬兵がいて、命の奪い合いをしている血なまぐさいところだ。商人として生きる我々には縁のない場所さ」
 かぐやは自分が戦場で討たれる夢を何度も見ていることを父に打ち明けようとしたが、言葉が喉まできてやめてしまった。夢は夢、父の言う通り自分には関係のないことだろう。
 武士は戦場にて敵を討ち、武を持って成り上がる。女である自分とはまるで縁のない世界だ。
 しかし、かぐやは時折思う。男に生まれ、武士として生きていればそんな夢を持てるかもしれない。女に生まれたことを後悔することもあった。
「今日の売り上げはいかがでしょう?」
「まだ店を始めたばかりだから分からんが、隣の街のお客さんから、夕方ごろに買い物に来るという話がきているよ」

 何事もなく1日が暮れて、かぐやは店じまいの仕度をはじめた。
「隣の街からのお客様はいらっしゃいませんでしたね」
 父に尋ねると父は首をかしげた。
「おかしいな、今日来るという話だったのに」
「お客様はなんという名前ですの?」
「桐生という方だ。名前以外のことは詳しく聞いてないが」
「もしかしたら明日になるのかもしれませんね」
「かもしれんな。売り物はしまっておこう」

 夜。床についたかぐやは今日もあの夢を見るのだろうかと不安にかられていた。
 ろうそくの火を消すことすら怖くなってしまった。暗闇が怖い。また闇の中、戦場で殺される夢を見てしまうのかと思うと不安で、仕事で疲れた身体を休めるよりも心の安静を求めていた。

 店の扉を叩く音がした。風の音かと思ったが、どうやら違うらしい。誰かが扉を叩いているようだ。
 かぐやの隣で寝ていた父が目覚め、何事かと店の入り口へ向かった。父につられるように母も音のする方へ向かった。

「遅れてすまぬ。反物の購入を予約した桐生だが」
「ああ、桐生様でしたか」
 客とはいえ夜更けに来るとは非常識なやつだと思ったが、かぐやの父は店の扉を空けた。
 ずん、と胸に刃物を突き刺され、かぐやの父はその場で膝を落とし、吐血した。3人の男が店内に侵入すると、店主の首に短刀を突き刺してとどめをさした。
 かぐやの母は悲鳴を上げ逃げ出そうとしたが、後ろから背中を斬られた。
 父と母の悲鳴を聞き、かぐやは愕然とした。不法者が家の中に来たようだ。逃げなくては、と思ったが逃げ場がみつからない。室内の箪笥(たんす)へとかろうじて入り、息をひそめた。
 不法者たちは家の中に押し入り、金目の物や店の売り上げを袋に詰めていた。
「おう、早くしろ」
「金になりそうなものは全部奪ってしまえ」
 騒音と盗人の声にかぐやは箪笥の中で怯えていた。
「おい、そこの箪笥の中も探ってみろ。金になるものがありそうだ」
 箪笥の扉が開かれて、かぐやは盗人に姿を見られた。かぐやは恐怖のあまり身をかがませて肩を震わせていた。
「ほう、これは金目の物よりいい物が見つかったな」
 腕をひきずられ、かぐやは畳の上に放り出された。ひっぱられた勢いで服がはだけた。
「この家の娘か。まだ幼いが上物だな」
 盗人の一人がかぐやの服を破るように引き剥がし、かぐやの上半身があらわになった。
「や、やめてください……」
 まだ未発達のかぐやの乳房を見て、盗人たちは卑猥な顔を晒す。
「おれが一番乗りだ、いいな?」
「最初は親分に任せます。俺はその次で」
 窓から差し込む月の光に照らされたかぐやの肌を、盗人の指が伝う。かぐやは絶望の中、ふと思った。これは夢ではないかと。
 今まで何度となく見てきた戦場で殺される夢。それと違わないのではないか、と。
 しかし夢は夢、現実は現実であった。野獣のような男がかぐやの身体を汚していく。両手を突き出して抵抗するも簡単に両腕を頭の上に押さえつけられた。
 恐怖と恨みが胸に去来する。両親の顔が頭に浮かぶ。父も母も助けに来ない、既に殺されてしまったのだろうか。
 女の貞操をこのような醜い形で奪われることが屈辱すぎて心が壊れてしまいそうだった。
 力が欲しい、男の暴力を撥ね退けるほどの力が。神でも地獄の鬼でもいい、この身を救って欲しいとかぐやは心で叫んだ……
 盗人の男根が少女の陰部を貫こうとしたそのとき、少女の胸の中央から、禍々しくも眩い光が放たれた。
 これは何だろう、と胸の光を確かめる間もなく、三人の盗人は吹き飛んだ。男たちの眼球と鼻が血を流しながら床に転がる。腕と脚が壁にぶつかり血が噴き出す。
 四肢を失った肉体は達磨のようになり、その場に倒れた。
 何が起こったのかわからなかったが、盗人の返り血を浴びながら、少女は今、前世の記憶が蘇った。

 あぁ、私はかつて戦場を往く武人であった。号令ひとつで何千、何万という軍勢を動かす将であった。あの夢は夢ではなく、事実起こったことだったのだ。
 フフフ、と少女は笑った。前世の無念を晴らす。今使ったこの力で軍を操り、人を、天下を、好きなように弄んでやろう。

 家の中で両親の骸が転がっている。しかし少女は親への情を微塵も感じない。既に心も、前世の武将に支配されていた。

 かくして乱世にまた一人、黄泉の力を操る<鬼神>が出現した……


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上記、公式Web小説とは別に、非常にクオリティの高い鬼神天武の投稿小説を頂きましたので、
「準公式」として掲載させて頂きます。
(準公式=平行世界の1つという位置づけです)


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