【 命の鑑定人 〜呪殺編〜 】 (2005/8/17)

「ようすけ〜、相変わらず引きこもってんの? アイス買って来たったで〜」
朝10時、いつものように、沙姫(さき)が合鍵を使い、ぼくの部屋に侵入してきた。

ぼくは、吉良陽助(きら ようすけ)、24歳。
関東の某所に、ワンルームのマンションを借りている。 家賃は月々6万5千円。
食料やマンガ等、欲しい物は全てネットの通販で購入している。
なので、ここ数年、一切、外出していない。
つまり表向きは、無職で、ニートで、引きこもりだ。
あくまでも”表向きは”だが。

「相変わらず汚い部屋やなぁ、どこに座れっちゅうねん」
ぼくの彼女、井原沙姫(いはら さき)は、”ライト関西弁”を使う。
”ライト関西弁”とは、関西圏に数年暮らすことによって、関西弁に洗脳されてしまった人が使う、方言のことである。
「って、だれがライト関西弁やねん!」
!? しまった…、つい思っていたことが言葉に………。 ぼくは、それを誤魔化す為、
「ここ、座れるだろ。 そんな事よりアイスくれ」
と、下から沙姫の手を引っ張り、同じ座布団に座らせる。
窮屈だが、他に座れる場所が無いので仕方がない。
肌の密着によって体温が上昇した為か、沙姫の顔が少し赤らむ。
「いや、別に赤くなってへんし。 てか、そんな変な解説いらんねん」
と更に顔を赤らめ、慣れた動作でクーラーのスイッチを入れた。

今日の沙姫は、ノースリーブのブラウスと、膝丈までのスカートという涼しげな服装だ。
どちらもショコラ色で、肌触りの良さそうなモコモコひらひらした薄っぺらい素材で作られている。
年齢は、ぼくより2つ下の22歳。 職業は、大手ゲーム会社のプログラマーだ。
そういえば、この土日は珍しく会社が休みらしい。 いつもはサービス出勤をしているのだが…

ぼくは、沙姫が買ってきたコンビニ袋から、抹茶アイスを取り出す。
もう一つは、バニラをチョコでコーティングした六粒入りの”ピーノ”というアイスだ。
「あ! あたしが抹茶の方、食べようと思ってたのに! あんたピーノ好きやってゆうてたやん」
「いや、今日は抹茶を食べたい気分だから」
「う〜…。 じゃあ後で少し分けてな」
などと他愛もない会話をしていたぼくらだが、唐突に修羅場ることになるとは、ぼく以外、誰も予想していなかった。
原因は、昨日の深夜にやってきた、可愛い訪問者にある。

その訪問者は、黒いワンピースを着ていて、身体に似合わない大きなブーツを履いていた。
年齢は10代後半くらいだろうか? 高校生や中学生のようにも見えるが…
長い黒髪で、透き通るような青い瞳、左耳には、瞳と同じ色の宝石が付いたピアスをしている。
頭と腕には、ひらひらしたデザインの装飾を着けていた。

彼女はシイナと名乗り、
「今日からあなたの鑑定をします。 なので、暫くここに泊めてください」
と言い、そのまま強引に部屋へ入ってきたかと思うと、何故か、目を細めながら室内を見渡した。
そして、何を思ったのか、物置代わりにしていた備え付けの狭いクローゼットを開け、
「この中で寝ますから、どうぞお構いなく」
と、服などが入ったダンボールを外へ出し、中にあった冬用の布団の上で丸くなると、そのまま寝てしまった…
ぼくも眠かったので、クローゼットの扉を閉め、そのまま睡魔に身を委ねることに………

そのせいで、部屋の中にはクローゼット内にあったダンボールが散乱している。
つまり今現在も、あのクローゼットの中で、得たいの知れない”シイナ”という女の子が眠っている、というわけだ。
「ほんまに?」
「え…、何が?」
「今あんた、女の子がどうのこうのって………」
しっかり聴こえていたらしい… まぁ、それならそれで話が早い…、かも。
「つまり、あの縦長の、物置だかクローゼットだかの中に、昨日連れ込んだ女を隠してるっちゅうことやな?」
「いや違う。 それは大きく誤解してるぞ。 さっきも言ったが、あの子が勝手に入ってきたんだ」
「そんな嘘、誰が信じるっちゅーねん。 んん?」
沙姫が、ぼくの頬を指で引っ張った。
と、丁度その時、この騒ぎで目を覚ましたのか、クローゼットで寝ていた女の子、シイナが、扉を開け、顔を出した。
「うん…? もう朝なんですね………」
眩しそうな目をして、シイナは乗っていた布団からずり落ちながら、こちらへ這い出てきた。
不思議なことに、あんな狭い場所で寝ていたにも関わらず、寝癖が全くついていない。
ダンボールに手をかけながら起き上がり、薄く光っているような青い瞳を、ぼくらに向ける。

服装は勿論、昨日のワンピースのままだ。
「つまり、シイナを見るのはこれが2回目。 だから断じて、何もしていない」
ぼくは、つねられて熱を帯びた頬を押さえながら、沙姫に言った。
呆然としていた沙姫が我に返り、ぼくの方に詰め寄る。
「な、なんなんこの子!? ほんま、あんた何してん!??」
「だから何もしてないって。 とりあえず落ち着け」
「なんでそんな冷静なん? 信じられへん……… てか、ほんまに何もしてへんの?」
ぼくは、コクっと頷く。
「ほんまに?」
ぼくは…、もう一度、深く頷く。
「………なら…、信じたる…」
沙姫は少し頬を膨らませ、うつむいた。 その動きにつられて、沙姫の前髪がふわっと下に垂れる…
ぼくは、そんな沙姫を、ぎゅっと抱きしめてやった。

そのやり取りを観ていたシイナが、ダンボールを乗り越え、こちら側へ無駄の無い動作で降り立つ。
そしておもむろに、沙姫が食べようとしていたアイスのピーノを一粒、その小さな口へ運んだ。
「なっ!? それあたしんやん!」
沙姫が、シイナを睨む。
その視線に気付かなかったのか、あえて無視したのか、
「う…ん……、冷たい…」
と、無表情だったシイナの顔が、少しほころんだ……、どうやら美味しかったらしい。

「いや…ま、それは別にええとして………。 そんな事より、あんた誰なん?」
「あ、私は、シイナと言います」
「椎奈(しいな)ちゃんやな」
「はい。 シイナです」
ぼくは、そのシイナに、クローゼットの事を今更ながら訊いてみた。
「シイナ。 昨日は、何で突然クローゼットの中に入ったの?」
「私、明るいとこ、苦手なんです…」
そういえば、さっきから青い瞳をしばしばさせている…
蛍光灯の光がそんなに眩しいのだろうか?
因みに太陽光は、部屋のカーテンでほぼ遮断されている。

「で、椎奈ちゃん、何でここに来たん? あ、わかった、あんた家出少女やろ」
「違います。 陽助さんの命を鑑定しにきた鑑定人です。 この世界では”死神”と言った方が一般的みたいですけど」
「は? しにがみ!? し・に・が・みって、あの釜持ってる”死神”のことやんな!? 椎奈って、頭おかしい子なん?」
沙姫は、ぼくに助けを求めてきた。
「いや。 本当に死神なんじゃない? 本人がそう言ってるんだし」
と、沙姫をからかってみた。
「は? あ、分かったで。 あんたが、そんな変なこと吹き込んだんやろ。
 あっ! まさかこれ、死神のコスプレちゃうん!? で、死神プレイとかいうて、この子に如何わしいことを…」
「何故そうなる…? ただの黒いワンピースだって…うぐっ!?」
言い終わる前に、沙姫に首を絞められた。
「ちょ…、沙姫…、うッ…、落ち着けって………」
などと、狭い座布団の上で沙姫とイチャイチャしていたら、室内に来客者を知らせるチャイムが鳴った。
そして、「宅急便でーす」という男性の声も。
一時休戦。

ぼくは部屋の玄関まで行き、相手を確認した後、ドアを開け、サインをし、郵便物を受け取った。
引きこもり暦の長いぼくにとっては、手馴れた作業だ。
郵便物は、直径30cmほどの軽くて白い箱。
差出人は………、井原月音(いはら つきね)。 沙姫の姉だ。
ぼくは沙姫に、郵便物が月音さんからのものだと告げる。
「お姉ちゃんから!? じゃあ、今度のもやっぱり………」

ぼくに届く郵便物は、二種類ある。
一つは、通販で購入した食料品やマンガ本の類。
そしてもう一つ、差出人が月音さんだということは…、ほぼ間違いなく、”呪殺”の依頼だ。

沙姫も知っていることなのだが、ぼくには”呪殺師”という裏の顔がある。
呪殺師とは、殺しや、自殺の依頼を受け、その相手を”呪い”で殺す。 という自分で言うのもなんだが怪しげな職業だ。
呪い殺すだけなので、外へ出る必要は全く無い。
この仕事のお蔭で、ぼくは日々の生活を、引きこもったまま、何不自由なく生きていくことができる。
因みに最近は、殺しの依頼よりも、自殺志願者からの依頼の方が、圧倒的に多い。
ぼくとしては、お金さえ貰えれば、どちらでもいいのだが………

届いた箱を開けると、中には北海道土産の定番”雪の恋人”と、一通の手紙が入っていた。
「月音さん、今、北海道にいるんだね」
「うん。 お姉ちゃん暑いの嫌いやから…」
沙姫も月音さんも、普段は東京の実家で、母親と一緒に暮らしている。
但し、月音さんは、ほとんど家にいない。
月音さんは、サイコカウンセラー(催眠術精神科医)という仕事をしていて、よく地方へ出張に出かけている。
暑い時は雪国へ、寒い時は暖かい南国へ、が信条らしい。
性格は、”黙ってオレについて来い”的な、渋いおやじタイプだ。
容姿は、その男らしい性格とは違い、スレンダーな美人占い師といった感じで、妖しく魅力的な大人の女性である。
姉妹なのに、沙姫の”標準的な日本人体型”とは、かなり雰囲気が違う。
沙姫は身体の話になると、「どうせあたしは、デブやもん…」などと言ってダイエットをしたがるのだが、
別にそんなに太っているわけではない。
どうも今の日本人女性は、やたらと痩せたがる傾向にあるが、実は、”痩せた女性じゃなきゃダメ”という男は少数派だ。

ぼくは月音さんからの手紙を手に取った。 手紙は、普通のノートの切れ端。
そこには、いつものように、”殺す相手の名前”だけが書かれている。
相手の名前は、必ずしも本名とは限らない。
ハンドルネームやペンネーム、あだ名という場合もある。
それは、ぼくの呪殺師としての能力が、”その人の本当の名前”を必要としているからだ。
そしてもう一つ、呪殺する為に必要なものがあって、それが箱の中に入っているはずなのだが………

「ん? これかな?」
ぼくは、箱の隅にあった透明の小さなビニールシートを見つけた。
その中に、人の髪の毛らしきものが入っている。
「やっぱり、そうなんやな………」
沙姫は、殺しの仕事のことを、あまり善く思っていない。
沙姫に限らず、普通の人間は、人が人を殺すということに少なからず嫌悪感を抱くようだ。
けど、ぼくにはそれが無い。 ぼくは生まれた時から、人の生き死にに関わってきた。
人は、生きていればいつかは死ぬものだし、それが自然の摂理だ。
生きようとする人間がいれば、死にたいと思う人間もいる。
意志の力だけで人間を殺す術があるなら、その力によって死ぬ人間も存在するということだ。

ぼくは、少し震えている沙姫の肩を抱き寄せた。
沙姫は、無言で何かに耐え、けど何か申し訳なさそうな顔をしている…
ぼくにとっては、他人が死ぬことよりも、自分が死ぬことよりも、沙姫のこんな表情を見ることの方が辛い。
それは、沙姫を愛しているということなのか、単に死に対する関心が希薄なだけなのか、わからないが………
「沙姫……、ぼくには月音さんとの約束がある。 だから、この仕事を辞めるわけにはいかないんだ」
「うん、わかってる………」
ぼくは沙姫の肩を抱いたまま、薄暗い玄関から、灯りの点いた部屋へと戻った。

シイナは、座布団にちょこんと座り、アイスを美味しそうに食べている。
当然、シイナに呪殺のことを知られるわけにはいかない。
「シイナ、これ食べていいから、少しの間、クローゼットの中に入っててくれる?」
ぼくはそう言って、月音さんからのお土産”雪の恋人”をシイナに手渡す。
シイナはそれをじっと見たまま、「わかりました」と応え、クローゼットに入ってくれた。

「電気、消すね」
「うん」
ぼくは、部屋の中央にある紐を3回引っぱって、電気を消した。
カーテンを閉めたままなので、室内は暗くなり、沙姫の顔は輪郭しか見えない。

”呪殺”を行うには、殺す相手の”本当の名前”と、”身体の一部”が必要となる。
今回、月音さんが送ってきたのは、相手の…、恐らく髪の毛だろう。
その髪の毛を、人形に貼り付け、”本当の名前”を思い浮かべながら、毛と人形を同時に”霊刀”で斬る。
たったこれだけで、その相手は、確実に死ぬ。
因みに”霊刀”とは、呪殺師の指先から発する細い光で、物質を切り裂く霊的な力のことだ。

呪殺に使う人形はどんなものでも構わない。 例えば…
「人形の代わりに、月音さんに貰った、万博の縫いぐるみにしようか」
「モリゾーはダメッ!」
沙姫は、縫いぐるみの”モリゾー”を抱え込んで、こちらを睨んだ。
「いや、冗談だって………、ごめん…」
「ばか」
ちょっと、シャレにならなかったかな……
「……沙姫が辛そうだったから…、つい……。 ほんと、ごめん」
「…あほ……」
表情は見えないが、沙姫の声が、さっきより少し和らいだ気がした。

ぼくは、ビニールシートから毛を取り出し、通販で買った白い布製の人形に貼り付ける。
そして、右手の人差し指と中指を上向きに立て、その2本の指の間に、”青”のイメージを集中させた。
ぼくの意識の色が、”青”に染まる。
更に意識を高めると、指先に”小さな青い光”が灯り、それがゆっくりと伸びていく…
明るさは、蛍の光くらいだろうか。
その為、霊刀の光は、部屋を暗くしていないと、ほとんど見ることができない。

ふいに、ぼくはこの霊刀の青色が、シイナの”青い瞳”に似ていると思った。
この青色は、呪殺師の間で、人の生死を司る”魂の色”とされている。
もしかしたら、シイナもこちら側の人間なのかもしれない………
いや、あの妙な雰囲気からして、ただの家出少女が、偶然ぼくの家に来たと考える事の方が不自然だ。
そういえば、自分の事を”死神”だとか言ってたな……
ぼくを殺しにきた殺し屋か、又は、別の殺し屋から逃げている最中なのか…、そう考えた方が納得いく。
ぼくは、クローゼットの方を見た。 扉は、閉められたままだ。
とりあえず、今すぐ何かをするつもりはなさそうだし…、暫くは様子をみることにしよう。

「陽助?」
沙姫が心配そうに、ぼくに声をかける。
「ああ、大丈夫。 沙姫は目を瞑ってて」
「うん……」
と頷き、沙姫はモリゾーを抱きしめたまま、目を閉じた。

ぼくは、もう一度、霊刀に青い意識を集中させる。
そして、相手の名前を思い浮かべ、人形と髪の毛を同時に、真横に切り裂いた。

呪殺、完了。
この瞬間に、誰かが何処かで、一人死んだ。

ぼくは、月音さんが殺そうとする人間のことを知らない。
悪人かもしれないし、善人かもしれない…、どちらにしても、月音さんの理想にとっては邪魔な存在なのだろう。
ぼくは、月音さんの役に立っている、恩返しできている。
そう思うだけで、簡単に人を殺すことができた。

「沙姫、終わったよ」
「うん」
沙姫が、ぼくに抱きついた。
ぼくも沙姫を強く抱きしめる。

さっきも言ったが、ぼくは、沙姫の声も無く何かに耐えようとする姿が、他のどんなことよりも辛い。
「沙姫………」
ぼくは更に強く、沙姫の身体を自分の身体へ引き寄せた。
その胸の間で、二人の鼓動が不規則に脈打っている………

 to be continued...


 

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