夜の闇の中、三線【サンシン】の音色が賑やかにこだまする。
聞こえるのは女達の嬌声と、賑やかな祭囃子の音。
空には満ちた月が浮かび、パチパチと火の粉を舞い上げる篝火【かがりび】と共に、夜の闇を明々と照らしていた。
そんな中、酒で満ちた瓶【かめ】を手に族長の傍へと歩みを進める少年がいる。
「……待て。その中身は何だ?」
刀で武装した警護兵に、そう呼び止められる。
少年は歩みを止め、にこやかに振り返った。
「ただの酒でさァ。族長様に献上する為、持って来たんですよ」
「中を改めるぞ」
「へい、どうぞどうぞ」
少年はこだわる様子も無く、瓶を差し出す。
兵は瓶の蓋を開け、中に満ちた白濁の酒に鼻を近付けた。そして二度三度と鼻を鳴らし、まず匂いを確認する。
「味見をするが、構わんな?」
「へい、どうぞどうぞ」
少年は愛想良く答えた。
兵は警戒を解かぬまま指を液体に浸し、それを口へと運ぶ。
「……よし、通っていいぞ」
異変が無い事を確認したのだろうか。兵は通行を許可する。
「へい、ありがとうございます」
少年は大袈裟に謙【へりくだ】りながら頭を下げ、兵士の眼前を通り過ぎた。
「おい、酒はまだか! この程度の量じゃ、到底朝まで持たんぞ!」
赤ら顔になった小太りの男が、杯を床へと投げ付けながら叫んだ。
首に幾つもの悪趣味な飾りを身に付けたこの男は、クワデーサと呼ばれている。数ヶ月前に就任したばかりの族長だった。
近隣の部族を力で纏【まと】め上げ、村を栄えさせた勇猛な武人であったが、それも昔の事。勇猛な武人は、必ずしも優秀な施政者となるとは限らない。
かつての勇者は愚昧な王となり、人々を苦しめるようになった。クワデーサの怒りに触れ、家ごと焼き払われた者は後を絶たない。
幾人もの側近が彼の行動を諌【いさ】めたが、その全てが、腰に差した大剣で一瞬の内に葬り去られてしまったという。もはや、クワデーサの行動を制止出来る者など、一人として存在しなかった。
「クワデーサ様、酒をお持ちしました。召し上がって下さいませ」
にこにこと人当たりの良い笑みを浮かべながら、少年は濁り酒で満たされた瓶を差し出した。
「んん? 貴様、見かけぬ顔だな。名は何という?」
「アコウ、と申します。以降、お見知りおきを」
「美味そうな酒だな。……お前の名は、覚えておこう」
猛禽類を思わせる鋭い眼光で少年をしばし見据えた後、クワデーサは笑顔を浮かべた。
「これは、警護の兵に振舞う事としよう。下がっていいぞ」
「はっ、ありがとうございます」
少年は恭【うやうや】しく頭を下げ、クワデーサの前から姿を消した。
それから、半刻【はんとき】程経った頃。
足音を忍ばせ、寝静まったクワデーサの屋敷へと入り込む人影があった。
屋敷を警護している厳【いかめ】しい顔をした兵達は、皆、一様に壁へと寄り掛かり、静かな寝息を立てている。
――薬が効いたみたいだな。どいつも、間抜け面晒して寝入ってやがる。あの薬は時間が経ってから、ジワジワと効き始めるんだよ。
彼らを刺激しないよう、息を潜めて歩いているのは、あの瓶を抱えたアコウという少年だった。
その手には、鈍く光る小刀が握られている。彼はこれで、クワデーサを刺し殺すつもりなのだ。
――父さんと母さんの仇だ。こいつで滅多刺しにして、腸【はらわた】を引き摺り出してやる……!
緊張と、かつてない精神の昂ぶりが、アコウの胸中に去来する。
――神が与えてくれた好機だ。絶対に、この機会を逃してたまるものか!
そう心の中で呟きながら、クワデーサの部屋へと忍び込んだ。
室内には豪華な調度品が、所狭しと並べられている。見た事も無い程大きな瑠璃石や翡翠、黄金の面などもあった。
これらは全て、近隣の豪族達を打ち倒して奪い取った物だろう。彼が殺した豪族達にも、妻や子がいた筈だ。そう、このアコウのように。
足音を立てぬように気遣いながら、ゆっくりとクワデーサに近付く。
彼は豪快に鼾【いびき】を掻きながら寝入っていた。薬は、よく効いているようだ。これならば、朝まで目を覚ます事は無いだろう。
アコウは小刀を握る手に力を込め、それを高く掲げた。
――あばよ、クワデーサ! 無様な寝顔を晒しながら死んじまいな!
月光に照らされた刀が振り下ろされた瞬間だった。
「……なにっ?!」
あとほんの一寸の所で、誰かに手首を捕らえられてしまう。
背後を振り返ると、長身の兵が立っていた。顔に仮面を付けており、その顔は窺えない。
――しまった! まだ眠ってない奴がいたのか……!
次の瞬間、男はアコウの身体を背後から羽交い絞めにする。
「ぐっ……! は、離……せ!」
まるで、巨大なニシキヘビに絡め取られてでもいるかのようだった。
男は無言のまま、アコウの身体を更に締め上げた。
神経をきつく圧迫され、手にしていた小刀が床へと落ちる。
「く、くそったれめ……!」
アコウの口から、悔し紛れの言葉が落ちた。
――せっかくの好機だったのに! こんな機会、二度と巡って来ないのに!
「な、なあ、頼む! あんたもクワデーサに心から服従してる訳じゃ無いんだろ? あんたも、いずれこいつに殺されるかも知れないんだぞ! それもほんの気紛れで!」
だが兵は、腕を緩めない。
「機会は今しかないんだ! こいつが死ねば、あんたが次の族長になるかも知れないんだぞ? だから……」
だがそれでも、兵は腕を緩めない。この男は心からクワデーサに服従している、いわば狂信者のようなものなのかも知れなかった。
――くそっ……もう終わりだ!
アコウは生まれて初めて、心の底からの絶望と後悔を感じていた。
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