鬼神天武・準公式Web小説 ―陰陽師―
作 : 古畑 様


 鬼神は何かと問われれば、怨霊と“彼”は答えるだろう。
 彼らの中に現世の存在はいない。須らく、古に潰えた――何がしかの者らである。
 そしてそのほとんどは生前に行えなかった未練、あるいは恨み辛みを原動力とした邪なる存在だ。一部にこそ例外はいるが……単純に彼らを善と悪で二分すれば、後者寄りの比率は圧倒的に多い。
 故にこそ“怨霊”だ。
 己の過去に納得できず、現世に黄泉帰り、支配を目論むロクデナシ共。
 それが“彼”の言う鬼神なる存在である。
「――まぁしかし。これが厄介な者達でしてな。ただの怨霊ならば取るに足りませんが……
 鬼神は全て、人の域を超えた超常に近しき存在。只人では到底打倒叶わぬと、ご理解なさいませ」
 扇子を閉じる音がする。
 暗き部屋。机一つを中央に置いた、議場――の様な部屋にて。
“彼”は語る。複数の、老人達を目の前に。
 危機が迫っていると。鬼神の脅威、目の前と。
「……ですが、それがどうしたというのか」
 されば、一人が“彼”の言葉に口を挟む。
 鬼神の危険性。ああ存分に理解出来た。理解出来た――が。
「都には二万の守護兵がいるのですぞ? 鬼神が人を凌駕する点は理解できましたが……
 それでも尚、この都の守備を抜けられるとは思えませんな」
 ここはこの島国の中心。都――“京師”と呼ばれる地。
 常に鍛錬怠らぬ二万の兵が駐留している。外敵より護る為。護国大義を掲げる精鋭達が。
 悪鬼・悪霊。何を恐れる必要があるのか。潰せば宜しい。鬼神なる、存在など。
「……ふむ。成程、二万の兵、ですか」
 その言葉に“彼”は目を伏せる。
 扇子を開き、口を隠して。先の言葉を脳で反芻。一拍置いて、口を開けば。
「成程。屈強なる都の兵なら確かに、一体や二体の鬼神程度倒し切れるでありましょう」
「然り。都を固めしは精鋭であります。“御身”が出てくる必要など――」
「問題はその悪霊共が“一体や二体程度ではない”事だ」
 扇子を閉じる。甲高い音が部屋に響き、扇の先を老人に向ければ、
「私が知り得ているだけでも既に十を超える鬼神が各地に出現している。
 そしてその鬼神共は――既に、軍を編成しているのですよ」
「軍勢……!?」
「然り。奴らはただ暴れるしか能の無い下級の霊体ではございません」
 各々が各々の欲望のままに。しかし確固たる意志を持って動く。
 天下統一を目指す大怨霊。禍神に匹敵する者達だ。
「失礼……ならば御身へ一点、お尋ねしたいことがあります」
「拝聴しましょう。なんですかな?」
 先とは違う、別の者が“彼”へと声を。
 鬼神が軍勢を組織している。恐ろしい事実だ。理解しようとすればするほど震えが止まらぬ。
 いや、だからこそ尋ねたい。鬼が国を支配しようとしている。この、状況において――
「我らに勝機は……あるのですか?」
「そうですな。有り体に言えば、ありませんな」
 議場がざわつく。
 勝てぬと言う即答が余程意外だったのだろうか。今更何を、と思いはするが。
“彼”はそんな様子をおくびにも出さず。
「何を驚かれる。先に申し上げた通り、アレは人域を超えた存在。都の軍勢は大したものですが……人の子一兵に対し、倍以上の働きを成す妖の兵もいるのですぞ? 逆に何の根拠があって勝機があるとお思いに?」
 扇子を閉じる音がする。
 事ここに至ってまだ“己”がここにいる意味が理解できていないのか。
 もし彼らだけで勝機があるのならば“己”はここにいないと言うのに。
「鬼神は軍勢を持つのです。一個人ならば多数の兵で取り囲めば容易に殺しうるでしょうが、軍勢にはまず軍勢をもってでしか対抗できませぬ。ならばそこで条件が拮抗した際に……“人の身”と“鬼の身”の違いが如実に表れましょう。そこでも、まぁ。五倍。十倍の兵を用意できれば話は別と言えますが」
 用意できるのですかな? と“彼”は言う。
 仮に用意できたとして、全国に現れた全ての“鬼”を殺しうるまで維持出来るか?
 それこそ現実的ではないが。
「……恐ろしき話であります……が、それでは……我々は。都は……」
「ふふ。誤解なされるな、お歴々。それは“私”を抜きにすればの話でありますとも」
 そう。彼らはただ襲い来る脅威に死を待つだけの存在ではない。
 だから“己”がここにいる。
「彼らは強い。人の身では対抗できず、同様なる鬼の身でしか対抗できぬ程に」
 しかし、
「逆に言えば――“その程度”なのですよ。彼らは。“鬼の身”ならば対抗できるのです」
「それは、どういう」
「愚問」

「怪物を殺すには、怪物となればよろしいのだ」

 刀と言う怪物に、刀で抗する様に。
 弓と言う怪物に、弓で抗する様に。
 軍勢と言う怪物に、軍勢で抗する様に。

 鬼と言う怪物に――鬼で抗すれば良い。

「私がこうしてここにいるのも、既に“そう”であるからこそ。
 対抗の手段は“私”にある。後に足りぬは――“軍勢”なのですよ」
「やはり御身、既に鬼神に……! 欲しきは都の兵か!」
「然り。しかし、お任せいただければ必ずや鬼神共は私が打倒してみせましょう」
 再び開く扇子。隠す口元の笑みは――誰にも見せはしてないが。
 それは極大に膨らむ自信の表れだ。己ならば可能だと。己ならば成し遂げられると。
 彼の目には見えている。全鬼神の、打倒なる道筋が。
「あるいはそちらだけで何とか出来る策があるのならば構いませぬが。さぁ……」
 上がる口の端。堪え切れぬ程の笑みを、隠し通しながら。
 言葉を紡ぐ。
「返答や、如何に?」

 返答? 返答だと?
 倒すべき目標である鬼神に軍の指揮権を委ねるなどあり得ない。
 一蹴すべき内容だ。そんなことはあり得ないと。即答すべき内容だ――

 が。
 しかし。

 誰も、何も言わぬ。
 都を守護せし陰陽の上役達が。
 何も言えぬ。
 なぜなら、目の前の“彼”は。
 己らよりも遥かに先人にして、己らよりも遥かに高みにいる、
“陰陽師”なのだから。
「では」
 沈黙は肯定とみなして。
「私に一任頂けるという事で。良いかな、お歴々」
「……異を唱える者などおりますまい」
 今、乱世を迎えようとしているこの島国で。
 都を守るに“彼”以上の適任など存在しない。
 例え彼が“鬼神”であろうと。任せるに足る経歴と。任せるに足る実力があるのだから。
「都を守護せし二万の守護兵」
「我ら一同、御身の指揮下に入りまする」
「願わくば都を。否、この国を。どうか、よろしくお願い致します――」

 その者の名は、

「――“安倍晴明春明”殿」

 平伏する。皆々方の目の前で。
 かつて。
 平安の世に存在した大陰陽師は――動き出す。
「よろしい」
 では。
「――鬼神退治といきましょう」


 扇子を閉じる、音がした。


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